第1話:アコギとDMと、あたしだけの声
夕方の下北沢。
駅前の広場に、アコギの乾いた音と、誰かの歌声が溶けていた。
誰も立ち止まらない。
イヤホンを外す人もいない。
でも、リコは構わず歌い続けていた。
「…こんなん、誰も聴いてないじゃん。」
そう呟いても、ギターを手放すことはなかった。
手にしていたのは、傷だらけのアコースティックギター。
学生時代に買った、最初の一本。
高いわけでも、音が特別いいわけでもないけど──
「今のあたしに、ちょうどいい。」
そう言い聞かせるようにコードを押さえ、声を張った。
※彼女の“白いJazzmaster”は、この少し後に出会うことになる。
Code:Rippleのトレードマークとなるそのギターは、まだ手元にはない。
夜が深まり、気温がぐっと下がってきた頃。
ケースの中の小銭は、缶ジュース一本分。
自販機で買ったコンポタージュの缶が、指先をほんの少しだけ温めてくれた。
「今日も、こんなもんか。」
諦めでも、開き直りでもない。
ただ、こうするしかなかった。
ステージじゃなくてもいい。
相棒がいなくてもいい。
それでも、歌わなきゃいられなかった。
「誰かに、届いてほしい」
そんな気持ちを否定できるほど、強くはなかった。
帰宅して、アコギを壁に立てかけた。
湯を張って、あったかい風呂にゆっくり浸かる。
体が温まっていくほどに、心のどこかが冷えていく。
「このまま、あたし…何になるんだろう?」
手応えのない音。
届かない声。
何も変わらない日々。
そんな湯上がりの虚しさの中、スマホが1回だけ震えた。

From: moka
添付ファイル:m01.wav
メッセージ:なし
「…誰?」
見覚えのない名前。知らないアイコン。
でも、なんか気になった。
リラックスした指先で、再生ボタンを押す。
…聴こえてきたのは、あたしの声だった。
路上で歌った今日の音。
あのときの、あの瞬間の“あたし”。
でも、その奥に、
ギターの音が重なってた。
柔らかくて、静かで、でも、確かに熱がある。
あたしの声に寄り添うように、呼吸を読むように、
ひとつひとつの音が「わかってるよ」って言ってくる。
「……なにこれ、ヤバ。」
スマホを持ったまま、リコは思わず声が漏れた。
驚きでも賞賛でもなく、ただ、
“わかってもらえた”っていう安堵。
「わかってんじゃん、誰か知らんけど。」
数秒の迷いのあと、こう返した。
リコ:…いいじゃん、それ。もう1個ないの?
その一言が、
波紋の中心に投げられた、小さな石だった。
To be continued…
→ 第2話:モカ × 無言の.wavファイル