——これは、ルリが加入して間もない頃の、モカとルリの話。
「ねぇモカちゃん、もしよかったら……定期的に、一緒に練習してもらえないかな?」
ある日、ルリが少しだけ恥ずかしそうに声をかけた。
その目は真剣で、でもどこか不安も混ざっていた。
「わたし、コドリプ入るまで、ちょっと音楽から離れてた時期があって……。
だから、モカちゃんなら、わたしの足りないところをちゃんと見つけて、アドバイスくれそうで。」

モカは一瞬だけ黙って、でもすぐに頷いた。
「うん。じゃあ、わたしの家で録音しながらやろっか。波形で見た方が、客観的に判断できるし。」
その日の夕方、ルリはスコーンの袋を大事に抱えてモカの家を訪れた。
「ルリ、ありがと。練習したあと食べよ」
モカの部屋には所狭しと並ぶ機材と、静かな熱が満ちていた。
ヘッドホンを装着し、音を出す。録る。聴く。
ひとつひとつを確認しながら、時間がゆっくりと流れていく。

「ルリ、ここの入りちょっと遅れてる。波形見てみて」
「……確かに。いつもここ、少し待ちすぎてるかも。他の音を意識しすぎてるのかな……」
「ルリ、ここの音だけ不自然に弱い」
「あ、本当だ!弾き方の手順変えてみる……」
演奏して、録音して、確認して、また演奏して。
黙々と続く往復の中に、二人だけの会話があった。

練習が一段落した頃、モカがふっと立ち上がって言った。
「スコーン食べよ。ミントティーとルイボスティー、どっちがいい?」
「え、モカちゃんありがとう!今日は……ミントティー飲みたいな」
あたたかい香りに包まれながら、ふたりは少しだけ肩の力を抜いた。
「ふぅ……やっぱりモカちゃんにお願いして良かった。ねぇ、これからもまたお願いしてもいい?」
「うん。ルリ、熱心にやるから。わたしにも刺激になるし、いいよ。
……それに、ブランクあったのに成長早い。負けてられないなって思う」
「え〜、モカちゃんには勝てないよ〜……でも、そう言ってくれて嬉しい!もっと頑張るね!」

部屋の中にあった“集中”は、いつの間にか“信頼”へと形を変えていた。
こうして、モカとルリの最初の練習会は、静かに、でも確かに、熱く終わった。
その夜、モカは録音した音源にタグをつけた。
ファイル名は、こう記されていた。
2024_04_moka_ruri_first_session.wav
“記録より記憶に残る音が、きっと未来を変える”